2-18. 過去にレイキ・・・祖母の危篤の頃に

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レベル2になり真っ先に未来にレイキしてみましたが、昨晩、とうとう、過去へのレイキをしてみた。

私がしたいと思ってきた過去へのレイキは、2つありました。
そのうちのひとつが、数年前亡くなった祖母の、危篤と臨終の場へのレイキです。

私を目の中に入れても痛くないほどかわいがってくれた祖母。
幼い頃は、歌を歌いながらお腹に私を乗せて、一緒にごろごろ転がって、抱きしめてくれた祖母。
晩年、老人ホームでも、ヘルパーさんや先生を笑わせていた元気な祖母でしたが、ホームのトイレで転んで腰を骨折して歩けなくなってからは、どんどんボケが進んでしまい、娘である母のこともわからなくなっていました。

その晩、危篤だというので夜中病院にかけつけたのは、母と私だった。
危篤だと聞いたのに、祖母はパッチリ目を開け、しっかり私だとわかって、大喜びして抱きしめてくれた。
私としてはそれが、幼い頃からの祖母のいつもの挨拶なので、なんとも思わなかったのだけれど、あとで母が言うには、ホームでは、すっかりぼけてしまっていたから、そんなふうな様子を見せるはずないのに、と、驚いたみたいでした。

でもそのときの私はそんなことを知るはずもなく、私の手を取り笑顔で一生懸命、目で語りかけてくる祖母は、元気いっぱいに見えて、全然臨終じゃないじゃない、と内心ほっとしていた。
ただ、祖母は一言も声を出さなかったです。

それから祖母は、私を抱きしめながら、天井を指さして何度も私に確認した。
たぶん、祖母の大好きな人たちが迎えにきてくれていたのかなと思った。

祖母の一番上の娘(私の伯母)は、15年以上前に異国で亡くなっていた。
すでに高齢であった祖母には、それはずっと伏せたままだった。
たぶんその伯母も、そこにいたんだと思います。
なぜなら、祖母は泣きながら、天井と私を交互に見ていたから。

それほどにはっきりと祖母は生きているように見えたのに、医者の言うことは確かなもので、その1時間後には祖母は、意識不明になり、そのまま懇々と眠り続けた。

眠り続ける祖母を看に、伯母たちと私で交代で病室に泊まりました。
ある晩、私は、自分のパートナーを連れて病室に泊まりました。
祖母に、彼を紹介したかったからです。
眠ったままの祖母に、彼を紹介した。
私の大好きな祖母を、パートナーにも会わせることができたこと・・
今思えば本当にそれは宝のような思い出です。

意識不明になり4日後、祖母は亡くなりました。
臨終の瞬間には、私は間に合いませんでした。
その時、私は夜中の街を、祖母の病院目指して自転車で走っていたのでした。

必死で病院めがけて走っている途中、踏切のあたりで、祖母がふわりと自転車のそばにやってきて、私にほほえみかけ、祖母の声がしたような気がしました。
後で思うと、その頃が祖母の臨終の時だったようです。

私が祖母のところについた時には、もう心臓は止まっていました。
でも、祖母の両手がとても温かくて、12月の寒空の下自転車で走ってきた私は、
その手にさわって
「わ~~おばあちゃんの手、あったか~~い♪」
と、あっためてもらったのでした。
もちろん、すぐに「あ!いけない!おばあちゃんが冷えちゃう!!」とハッと気がついて、手を離しましたが。。。。

祖母は、亡くなるまで、一度も苦しそうな様子は見せませんでした。
ただ静かに眠ったまま亡くなったように見えました。

それはまるで、苦しそうな様子で、私たちを怖がらせたり、畏れさせたりしないよう、いかにも祖母らしい気づかいに思えました。

祖母はいろんなことを教えてくれたし、今でも祖母に教えられている私ですが、やっぱり亡くなるときにも、大丈夫だよ、怖くないよ、と教えてくれていたような気がしてなりません。

そして、今あらためてその時の様子を思うと、祖母の静かな様子は、まるでレイキされているみたいに健やかに見えたのです・・・・

そんな祖母の、危篤と臨終の時に、昨晩はレイキをして、祖母と対話した。
第三シンボルを描くと、暗いはずの閉じた目の奥が、急に開けて明るくなる。
これは、第三の目が開いているのかしら?

祖母と私も一心同体のはずだから、自分の身体を使って祖母にレイキしました。
腰か、ももの付け根にヒビキがあるから、これはホームで骨折したところなんだろうな・・・
トイレで転倒し骨折して車いすになってから、急速にぼけてしまったのだと聞いていた。

そして、遠隔で祖母とつながったまま、私は、朝までぐっすりと眠ってしまいました・・・
そういえば私はいつでも、祖母と心の中では話をしていますが、こうして、話だけでなくて、祖母に遠隔しに行けるなんて、本当にすてきで、うれしいことだなと思います。
祖母は、心の中ではいつもすぐそばで生き続けているのがとてもよくわかりました。