直傳靈氣とは

直傳靈氣は「手当て」による日本の伝統療法

昭和初期の頃、霊氣療法をはじめとする手当療法の信奉者の数は、およそ100万人を超えていたと云われています。戦前は大変に盛んであった日本の民間療法でしたが、戦後GHQの指導で大方は活動を中止しました。

大正時代に臼井甕男が創設した「心身改善臼井靈氣療法」も例外ではなく、日米開戦の3年前に林忠治郎によりハワイの日系人高田はわよを通じ海外にその種苗を残し、日本での公の活動は停止したといわれていました。

時は流れ、1986年頃、靈氣は、レイキという名で、海外からの逆輸入という形で日本に戻ってきました。あたかも輸入品のような登場の仕方でしたが、いつでもどこでも気軽に使えるヒーリング技法として受け入れられました。

しかし、残念なことに、かつて日本で使われていた形の靈氣とかけ離れたり失われてしまった部分もあり、創始当時の靈氣の姿も、書物に書かれていない肝心のシンボルやアチューンメントの方法についても、決して知られることはありませんでした。

ところが、靈氣の生まれた国でありながら霊氣療法不在とされていた40年近いブランクの最中でも、綿々と霊氣療法を続けていた施術師たちが日本にも存在していました。

昭和13年、直傳靈氣継承者・山口千代子は17歳の時に、叔父 菅野和三郎のすすめにより、林忠次郎より臼井霊氣療法の伝授を受け、以来65年以上の永きにわたり霊氣療法を実践、親族とともに多くの実績を残しましたが、 それこそが日本のオリジナルの霊氣療法の真髄を温存したものでした。

この手法は、「直傳靈氣」として、山口千代子・山口忠夫が中心となり、一般に普及すべく現代風に体系化されました。
直傳靈氣とは「林忠治郎先生直傳の靈氣」という意味が込められており、臼井甕男ー林忠治郎ー山口千代子ー山口忠夫へと引き継がれた当時のままの靈氣・靈授を忠実に再現し現代に伝えています。

直傳靈氣のセミナーは日本のみならず世界各国で開催されており、家庭の薬箱としてだけでなく、医療、教育、健康美容産業など様々なジャンルで活用され、各方面に実績を上げています。

直傳靈氣は日本の伝統療法

直傳靈氣には、西洋レイキで欠落したり薄まってしまった下記二点が色濃く残っています。

  • 代替医療として発達してきた靈氣は、肉体のみならず、精神をも含めた様々な疾患に対処する事に主眼を置いています。セミナーではその点を重視し、西洋レイキでは非公開の林忠次郎直傳の奥義を初公開いたします。
  • 海外に出なかった靈氣には日本の伝統や文化が生きています。

山口 千代子先生が林 忠次郎先生から直傳靈氣を伝授された当時のセミナーは5日間ありました。直傳靈氣は、そのセミナー形式を出来るだけ再現する形になっています。前期が3つの講座、後期が2つの講座、合計で5つの講座を計3日間で実施する形に再編しています。ちなみに、5日間の最後の方は、実習がメインだったそうです。

直傳靈氣の趣旨説明
  • 直傳靈気(靈気療法)がいかに効果的であるかを立証、体験をまとめた本を出版。
  • 直傳靈気(靈気療法)を代替医療の切り札として活用する。
  • 直傳靈気(靈気療法)が医療現場で活用される為、医師や看護師その他、代替医療の現場従事者に直傳靈気を普及、真の医療改革を目指します。
  • 家庭に靈気療法を普及、安易に対症医療や薬に頼らない事で医療産業廃棄物の削減に貢献、地球環境問題に積極的に取り組みます。
直傳靈氣の規約説明
  • セミナーの内容、印(しるし)呪文などを受講生以外に公開しない。
  • テキストの内容、写真などを出版物やインターネット等に、掲載したり第三者に貸与しない。
  • 直傳靈気と西洋レイキは原則として別である。
  • 各自の判断で西洋レイキと混合して使用したり、第三者に伝授しない。
認定について

林忠次郎に習った靈氣を忠実に再現した靈氣として海外のレイキ実践者からも注目され、今では直傳靈氣セミナーは世界各国で開催されています。そのため、認定は世界のどの国でも通用する国際的なものです。

全国で同じ料金・同じテキストです。どの師範の講座にも自由に参加することができます。

林靈氣研究会の靈授証を当時のまま忠実に再現したものです。

直傳靈氣は、山口千代子先生が個人で細々と使っていた靈氣ではありません。叔父 菅野和三郎氏が中心となり、多くの親類縁者が林忠次郎先生から靈授を受け、「家庭の薬箱」としてまたは「嫁入り道具」として身につけ重宝し使っていた靈氣です。そのような郷里の方々と協力し、当時の写真や靈授証などの資料も集め検証し、直傳靈氣セミナーは始まりました。

直傳靈氣は、セミナーのみならず、認定証も当時のままを忠実に再現しました。
認定証には靈授者の靈授がしてあります。それゆえに認定証からも靈氣が出ています。

認定証に触れるとほんのりと温かいのはそのためです。当時は、認定証をお守り代わりに身につけて使う方も少なくなかったそうです。腰が痛ければ腰に、お腹が痛ければお腹につけたそうです。戦争に行く者には、これを身につけていれば弾に当たらないからと懐に入れて持たせたそうです。そして認定証は和紙ですので、ずっと身につけているうちに散り散りになってしまうこともままあったようです。

現代では、認定証はテキスト類と一緒に大切にしまってある人がほとんどだと思います。お守り代わりに肌身離さず持ち歩いたり、痛い箇所に当てて使う人はいないと思いますが、当時はそういう使い方もしていたそうで、靈氣療法がいかに生活に溶け込み使われていたのかがよくわかります。