1-70. レベル1最後の10日間

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レベル1(ファーストディグリー)だけの日々も、今日入れて10日になってしまいました・・・

最後の記念&レベル2への準備を兼ねて、今日から10日間、娘と息子に各30分ずつ必ずレイキすることにしました。

(最近自分にばかりレイキして、子供たちにあまりやってなかったのです><。

実際やってみると、息子の敗れたパジャマがなんだかかわいそうになった・・・・息子の持ち物や着るものは、特に乱暴に扱うわけではないのに、自然と破けてきてしまうのです・・・。何か出しているんでしょうかね?

娘のやわらかいお尻がかわいぃなぁ・・と癒されたりしてました。

やっぱり、対面のレイキって、いいですよね・・・)

来週の土曜日には、こんな私でも、遠隔も出来るようになってしまうのだー(どきどきどき。。。)

遠隔って、どういうことなんだろう?

手を置いてレイキするレベル1はまあ理解できるのだけれど、

遠隔とか、ましてや過去と未来を超えてレイキするなんていうのは、、

いったいどうなってるわけ??

知りたくて、’セカンドディグリー’で検索して色々な人のブログを読んだりして、

こんな時間になってしまった・・・・

日刊youtubeで、銀魂か×××HORiC観ようと思ってたのにーー

*****

大きな地震が東北地方であったようですね。
東京のはずれのここでも、かなり長く揺れました。
被災地の方の安全を願っています。

※) 2008.7.24 岩手県沿岸北部地震 のことです
*****

2-10. 娘のひざにレイキ

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来週の火曜日、娘の器械体操の大会があります。
せっかく団体の選手に選ばれたのに、娘ってば、3日前から膝と腰が痛い・・・><

<本当に治してあげたいという気持ち>
やっぱりこの切実さが、大切なんだと思います。
久しぶりに、早朝レイキ 4:00~6:00をやってます!
そのほかに、昼や夜にも1~2時間やるようにしています。

来週までに、良くなるかしら。。。。

!!
そうだ!
土曜日に習った「未来にエネルギーを送る」を
この試合でやってみよう。。。。

2-12. 初めて成功した遠隔・・・娘の大会でレイキ

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娘のクラブの大会がありました。
今年は団体に選ばれて張り切っていたけれど、直前にヒザを痛め、危機的状況に ><

夜のレイキだけでは間に合わず久しぶりに早朝レイキ(4:00~6:00)も復活。
毎日3-4時間レイキしていきました。

また、<未来への遠隔>を使い、大会当日の成功に感謝しました。

レイキする時って二人でくっついているので、色々二人で話す時間があるということなので・・・

娘と一緒に、ひとつひとつの演技を思い浮かべ、「とても気持ちよく演技できました。ありがとうございました。」「ヒザは大丈夫です!痛くありません!ありがとうございました。」と、アファメーションもしてきました。

緊張したら、呼吸法を使って、あたまのてっぺんから、エネルギーをたっぷり貰うやり方も、娘と練習しました。

で、結局のところ、前夜までにヒザは完治はしなかったのですが、それでも腫れは引き、心の準備は出来ていたようです。

そして当日。。。。
パートナーと2人で、ビデオ持参で応援に行きました。

着いてみると、前の会が押していて、開会が2時間も遅れています。
私たちは仕事があるので、この様子では、最後までは見られなさそうです。

でも!
一番ヒザに負担のかかる跳馬(娘は器械体操部です)はなんと一番最後の種目だとか!!
ラッキーです。ついています!

やっと、前の会が終わり、娘達が出てきました。
まずは練習をしています。

やっぱり、とてもヒザが痛そうです。

クラブのみんなに混じって待機している娘を見ながら、観客席から、ひざに遠隔を送りました。
もう必死でした。

すると、娘が、自分のヒザを触りながら首をかしげています。
「もしかして、自覚があるのかも??
娘よ~、ちょっとだけ観客席のこっちを見てよ~~。
送っているんだよ~~」
と心で叫びましたが、娘はこっちを見ませんでした。

いよいよ本番です。
大勢の観客に見守られ、一つ目の段違い平行棒。
恐ろしいほどに、きれいに決まりました・・・!

仕事があるので、私が見ることができたのはここまで。

でも、
「やった!この大会、上手くいく・・・」
そう確信したのです。

帰宅した娘に尋ねると、思ったとおり、全てうまく行ったそうです。

「お母さん、アファメーションは効くねえ。

心臓が喉から飛び出るほど緊張したけど、そのたびに、呼吸法をして、うまく行ったところをイメージして、ありがとうございました!ってアファメーションしたら、そしたら、バックンバックンの緊張が、ちょうど良いくらいの緊張になったんだよ!」

娘の言葉です。そしてそして・・

「床の演技を待っているとき、膝が熱くなったから、腫れてきたのかと思って心配してさわったら、腫れてないし、これはもしかしてお母さんのレイキかなと思ったんだよ」

と。

そうなのです。
とうとう、やっと、遠隔ができたんです・・・・!!

この日、自分の足の裏と足の指にも遠隔してみて、うまくいきました。
遠隔、私にもできるようになったみたいです。

2-18. 過去にレイキ・・・祖母の危篤の頃に

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レベル2になり真っ先に未来にレイキしてみましたが、昨晩、とうとう、過去へのレイキをしてみた。

私がしたいと思ってきた過去へのレイキは、2つありました。
そのうちのひとつが、数年前亡くなった祖母の、危篤と臨終の場へのレイキです。

私を目の中に入れても痛くないほどかわいがってくれた祖母。
幼い頃は、歌を歌いながらお腹に私を乗せて、一緒にごろごろ転がって、抱きしめてくれた祖母。
晩年、老人ホームでも、ヘルパーさんや先生を笑わせていた元気な祖母でしたが、ホームのトイレで転んで腰を骨折して歩けなくなってからは、どんどんボケが進んでしまい、娘である母のこともわからなくなっていました。

その晩、危篤だというので夜中病院にかけつけたのは、母と私だった。
危篤だと聞いたのに、祖母はパッチリ目を開け、しっかり私だとわかって、大喜びして抱きしめてくれた。
私としてはそれが、幼い頃からの祖母のいつもの挨拶なので、なんとも思わなかったのだけれど、あとで母が言うには、ホームでは、すっかりぼけてしまっていたから、そんなふうな様子を見せるはずないのに、と、驚いたみたいでした。

でもそのときの私はそんなことを知るはずもなく、私の手を取り笑顔で一生懸命、目で語りかけてくる祖母は、元気いっぱいに見えて、全然臨終じゃないじゃない、と内心ほっとしていた。
ただ、祖母は一言も声を出さなかったです。

それから祖母は、私を抱きしめながら、天井を指さして何度も私に確認した。
たぶん、祖母の大好きな人たちが迎えにきてくれていたのかなと思った。

祖母の一番上の娘(私の伯母)は、15年以上前に異国で亡くなっていた。
すでに高齢であった祖母には、それはずっと伏せたままだった。
たぶんその伯母も、そこにいたんだと思います。
なぜなら、祖母は泣きながら、天井と私を交互に見ていたから。

それほどにはっきりと祖母は生きているように見えたのに、医者の言うことは確かなもので、その1時間後には祖母は、意識不明になり、そのまま懇々と眠り続けた。

眠り続ける祖母を看に、伯母たちと私で交代で病室に泊まりました。
ある晩、私は、自分のパートナーを連れて病室に泊まりました。
祖母に、彼を紹介したかったからです。
眠ったままの祖母に、彼を紹介した。
私の大好きな祖母を、パートナーにも会わせることができたこと・・
今思えば本当にそれは宝のような思い出です。

意識不明になり4日後、祖母は亡くなりました。
臨終の瞬間には、私は間に合いませんでした。
その時、私は夜中の街を、祖母の病院目指して自転車で走っていたのでした。

必死で病院めがけて走っている途中、踏切のあたりで、祖母がふわりと自転車のそばにやってきて、私にほほえみかけ、祖母の声がしたような気がしました。
後で思うと、その頃が祖母の臨終の時だったようです。

私が祖母のところについた時には、もう心臓は止まっていました。
でも、祖母の両手がとても温かくて、12月の寒空の下自転車で走ってきた私は、
その手にさわって
「わ~~おばあちゃんの手、あったか~~い♪」
と、あっためてもらったのでした。
もちろん、すぐに「あ!いけない!おばあちゃんが冷えちゃう!!」とハッと気がついて、手を離しましたが。。。。

祖母は、亡くなるまで、一度も苦しそうな様子は見せませんでした。
ただ静かに眠ったまま亡くなったように見えました。

それはまるで、苦しそうな様子で、私たちを怖がらせたり、畏れさせたりしないよう、いかにも祖母らしい気づかいに思えました。

祖母はいろんなことを教えてくれたし、今でも祖母に教えられている私ですが、やっぱり亡くなるときにも、大丈夫だよ、怖くないよ、と教えてくれていたような気がしてなりません。

そして、今あらためてその時の様子を思うと、祖母の静かな様子は、まるでレイキされているみたいに健やかに見えたのです・・・・

そんな祖母の、危篤と臨終の時に、昨晩はレイキをして、祖母と対話した。
第三シンボルを描くと、暗いはずの閉じた目の奥が、急に開けて明るくなる。
これは、第三の目が開いているのかしら?

祖母と私も一心同体のはずだから、自分の身体を使って祖母にレイキしました。
腰か、ももの付け根にヒビキがあるから、これはホームで骨折したところなんだろうな・・・
トイレで転倒し骨折して車いすになってから、急速にぼけてしまったのだと聞いていた。

そして、遠隔で祖母とつながったまま、私は、朝までぐっすりと眠ってしまいました・・・
そういえば私はいつでも、祖母と心の中では話をしていますが、こうして、話だけでなくて、祖母に遠隔しに行けるなんて、本当にすてきで、うれしいことだなと思います。
祖母は、心の中ではいつもすぐそばで生き続けているのがとてもよくわかりました。